物理学の世界には、「万物の理論」というものがあります。
万物の理論とはその名の通り、電磁力から重力まで、この世における全ての力を、ひとつの同じ理論で説明できるとされる非常に優れた理論です。多くの物理学者がずっと探し求めてきた至高の理論であり、それでも、未だに見つかっていない理論のこと。過去、科学の歴史を振り返れば、アインシュタインの相対性理論が、もっとも万物の理論に近いものであったとも言われています。
では、社会科学においては、どうでしょう。物理学のように、たったひとつで、私たちの社会生活の何もかもを説明することのできる万能な理論などあるのでしょうか?
人間の日常生活は、多くの「選択」の連続です。しかも選択の基準は、人それぞれにバラバラ。その人なりの恋のスイッチがあるし、喧嘩のきっかけもあるでしょう。買い物をするときの決め手も、人によって全然違う。思考や判断の基準は一見ばらばらで、決まった法則や理論を見出すことなどできないようにも思えます。
それでも人の社会生活を全て説明できるような、ひとつの理論があるはずで、それを体系化させたいと、私たちは考えています。人情深い人も、ちょっと変わり者扱いされている人も、自堕落な人も、アーティスト気質な人も、本当は同じ理屈で動いている。仮にこれを、「社会関係における万物の統一理論」とでも呼ぶことにしておきましょう。
人は、つながりを求める生き物である。
高名なアメリカの心理学者、アブラハム・マズローは、人間の欲求を5段階のピラミッドで表しました。下から、生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認欲求、自己実現の欲求と構成されています。ここで注目したいのが、生理的欲求や安全の欲求といった、最低限のものの次に来る、所属と愛の欲求です。これは、他者と繋がりをつくりたいとか、組織に所属したいといった欲求が、人間にはもともとあるということ。この根源的な欲求があるから、私たちは、誰かと別れたときや孤独を感じたとき、心が苦しくなるのです。
これは、脳科学的にも証明されています。社会生活・人間関係における辛さや喜びと、物理的な痛みや快楽が、脳にとっては同じ刺激であることが、fMRI(磁気共鳴機能画像法)という手法を使うことでわかりました。
脳科学者であるマシュー・リーバマンの書籍、『21世紀の脳科学 人生を豊かにする3つの「脳力」』からの一節も紹介しましょう。
肉体的な痛みを感じるのと同じ神経回路を活性化することによって、私たちの社会的な痛みの経験は、自分の子供たちをそばに置くことで確実に彼らを生存させることもできます。 社会的な痛みと肉体的な痛みの間の神経のつながりはまた、社会的につながり続けることが生涯必要であることも裏付けています。
要するに、人間は本来、人とつながりたい欲求を持っている生き物だということです。そして多くの人は、これが人間の真理だということにも気づいてもいるはず。家族や恩師、友人とのつながりが、自分の幸せに影響することを、誰しもよくわかっているのではないでしょうか。
ごく親しい人以外と関わるときは、その意識はほとんどないかもしれません。しかし、対象が身近でない人になっても、同じことです。たとえば、大切にしている愛車に名前をつけた経験はないでしょうか。長く住んでいた家を引っ越すとき、寂しい気持ちになったことはないでしょうか。このことから、人は元来、何か・誰かとの、何かしらのつながりを大事にしたいのだということがわかるはずです。
親密性の可視化が、
ビジネスを成功に導く。
さらにそれは、ブランドや企業が対象になっても、同じことではないでしょうか。相手が生き物でなかったり、抽象概念でなかったりしたとしてとも、生活者はつながりを求めます。関係性や意味ではない、つながりそのものが、人の根源的な欲求だからです。そしてそのつながりは、概してポジティブな方向へ捉えられやすい傾向にあります。なぜなら、人は誰か・何かとつながるときには、必ずそこに生存戦略があるから。つながりをつくるならば、いい関係である方がいい、と考えられやすいからです。
この考え方を私たちは、「kinectivity」つまり「親密関係性」という概念でとらえています。
親密関係性とは、ふたつのものの、間にある結びつきのことです。これを追求していくことは、先程挙げた「社会関係における万物の統一理論」の確立とほとんど同義。人の本来的な欲求であるつながりの謎を解明することで、社会関係を体系立て、理論を形づくっていけるとも考えています。そして、この親密関係性を数値化・可視化することができれば、ブランドが生活者の要望にどれだけ答えられているか、あるいはその満足度合いの理由をも、より明確にすることができると考えています。
ビジネスにおいては、そこで、すべての人と強く親しいつながりをつくるのは難しいものです。だからこそ、私たちはこの親密関係性という考え方を生み出しました。競合相手と比較して、それぞれの人や企業、ブランドが、生活者と、つくってきたつながりが二者間でどのように作用しているのか、明確にできるように。そして、それを実践的なビジネスの観点で、実現したいと考えています。